電気自動車と電池は明日を拓く

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2018/8/10 6:03
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バッテリーの先駆者、96歳で挑む「第2の発明」
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 バッテリー技術の次の大きな飛躍に向けた競争の中に、決して諦めない96歳の人物が身を置いている。

 ジョン・グッドイナフ博士は40年前、携帯電話やiPad(アイパッド)をはじめ、現在多くの電子機器の充電に使われている電池の発明に関わった。正極材料にコバルト酸リチウムを用いることにより、パワフルで持ち運びしやすいリチウムイオン電池を作り出した。

 グッドイナフ博士は現在、このアイデアを封印し、コバルトを排除しようと考えている。リチウムイオン電池をより素早く充電し、より長持ちさせることが目的だ。同氏は4月、3人の共著者とまとめた研究成果を発表した。これをもとに液体を使用しないコバルト不要のバッテリーの試作品を開発中だと同氏は話す。

 「私の使命は、自分が死ぬ前にバッテリー界を変革できるかどうかを見極めることだ」と博士は言う。「車の運転ができなくなり、介護施設に入らざるを得なくなったら、引退のタイミングだろうがね」

 電池技術の向上は、再生可能エネルギーにとって今後のカギとなる。風力や太陽光などのエネルギー供給は非常に不安定なため、供給が乏しい時期に備えてエネルギーを蓄える必要がある。電気自動車(EV)にいまひとつ弾みが付かないのは、バッテリーに蓄えられる燃料がガソリンタンクより少ないのが原因だ。一方、消費者はデバイスの電池寿命が長くなることを望んでいる。

 だがグッドイナフ博士が1980年にリチウムイオン電池を共同開発して以降、電池はさほど進歩していない。コバルト不使用の電池は何種類か存在するものの、いずれもコバルトを使った従来のリチウムイオン電池にはパワーの点で見劣りがする。

 グッドイナフ博士と研究パートナーのマリア・ヘレナ・ブラガ氏によると、初期の研究結果から、彼らが開発中の電池はリチウムイオン電池の2倍のエネルギー密度を持つ可能性があることが分かった。

 すなわち、例えばEVなら1回の充電でリチウムイオン電池の2倍の距離を走れるということだ。さらにこの電池は時間と共に容量が増える。現在の電池は充放電を繰り返すことなどで劣化し、エネルギーを蓄える能力が次第に低下する。

 グッドイナフ氏は守秘義務を理由に、試作品の共同開発者を明かさなかった。

 技術者の一部は、グッドイナフ博士が語るこの電池の能力について懐疑的な見方を示した。特に使用年数と共に容量が増えるとされている点だ。

 さらにグッドイナフ博士は、数十億ドルの予算を持つライバル勢に対抗しなければならない。EVメーカーのテスラは、コバルト不使用に向けてパナソニックと協力している。新型セダン「モデル3」に搭載した電池はコバルト使用量を低減したという。ダイソンを創業した英国の起業家ジェームズ・ダイソン氏も車載電池を開発中だ。同氏は、より安全かつ迅速に充電でき、よりパワフルなものだと話す。

 博士の研究拠点は、大企業のあか抜けた本社とはかけ離れた、テキサス大学オースティン校の書類が散乱するオフィスだ。ここで同氏は工学部の教授を務めている。研究メモは手書きで、携帯電話は1台も持たず、リチウムイオン電池が実現させた現代的なモバイル技術とは距離を置く。10年前のホンダ車に乗り、自分が生きている限りは乗り続けたいと願っている。

 グッドイナフ博士は、新しい電池技術を開発するモチベーションについて、電気自動車を普及させ、社会を燃焼機関への依存から脱却させたいという思いからだと話す。現在、世界初の量産型EV「日産リーフ」でも約240キロごとに充電が必要だ。ガソリン車は満タンにすれば480~650キロは走れる。

 「彼を動かしているのは科学的な好奇心だ。自分の専門分野の科学で社会に何か貢献したいと心から望んでいる」。こう話すのはグッドイナフ博士と33年にわたり協力してきたテキサス大学オースティン校工学部のアルムガム・マンティラム教授だ。

 グッドイナフ博士がかつての発明で金銭的利益を得たことはない。英政府の原子力研究機構(AERE)に権利を譲渡する契約に署名したためだ。ソニーはリチウムイオン電池をいち早く商品化した。だが特許が切れる2002年まで全ての電池メーカーからライセンス料を受け取っていたのは英政府だ。

 「ソニーはAEREにこれでもかというほど金を払ったから、てっきり私が財産家になったと思っていたらしい」と博士は話す。

 グッドイナフ博士は大学に朝8時から8時半に出勤。夕方6時頃に帰途につく。週末は自宅で仕事をしているとマンティラム博士は語る。

 同氏は学者の父のもとコネティカット州で育った。第2次世界大戦中は米空軍で気象学を担当。除隊後、政府の支援で物理学または数学の勉強を続けることになり、同氏は物理学の道を選んだ。

 2年前にアルツハイマー病で逝った妻アイリーンさんとは進学先のシカゴ大学で出会った。アイリーンさんは英オックスフォード大学の教授職に志願するよう勧めた。同氏は研究グループを立ち上げ、あのリチウムイオン電池が誕生した。

 現在、グッドイナフ博士は研究を続ける傍ら、自分にとって最後の博士号取得候補者だという24歳の材料科学工学専攻の学生を指導している。

 その学生ニック・グランディッシュ君はこう話す。「私が最後の博士過程の教え子になるというのがグッドイナフ博士の口癖。だけど明らかに博士は2年ごとに同じ事を言っている。それからまた新しい学生を引き受けるのだ」